Saturday, February 16, 2019

碧空1436 MOON WALK354(今にも双子となって分身しそうなスリル)

1436 MOON WALK354(今にも双子となって分身しそうなスリル)  カールの「失踪」(F.Kafka )は、雌雄異体の広がりと擬似半陰陽の空ろな広がりの間に振動する。それは、追跡や陰謀の気配というよりは拉致や誘いの気配、途中までしかやって来ない擬似半陰陽の、コノ空間ハ他ノ誰カニ降リカカッテイルノデハナイカ!という激情、スリルである。  それは、かぐや姫のようにイタズラシテ和蘭陀ニ流サレル!というような献身の焦燥と憂愁、互いに余計なものに似ようとする双子の霊のスリルである。  種の夢の、のぞき穴を廻る仮面は、鏡と鏡像と被写体を暗喩として、この世のものと、この世のものの場所と(なって潜伏すると同時に)後れて来る主体と、そして霊的被写体であるが、月が鏡と鏡像を(種の夢を映し出すこの世のものと、この世のものをこの世のことにするために場所となって潜伏する被写体を)兼ね、潜伏する場所と後れて来る主体をかぐや姫が兼ねる。つまり、かぐや姫は鏡像であって、双子の霊とは、互いに余計なものに似ようとして天上と地上を瞬間移動するだけでなく、鏡に内在するようで外在するような、イタズラシテ和蘭陀ニ流サレル!というふうに何かエラーのような擬似半陰陽の振動なである。  悪疫が、鏡像性の「場所となって潜伏すると同時に後れて来る」性格の暗喩であるのが、オイディプスの場合である。そして、まるでエラーのように和蘭陀ニ流サレル!、それがオイディプスを要約する。  こうして、かぐや姫もオイディプスも、そしてオクラホマ大劇場の募集広告の前に立ちおどむカールも、擬似半陰陽は、今にも双子となって分身しそうなスリルに震えている。

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