碧空1476 MOON WALK394(擬似半陰陽の炎上、捕食の炎上)
1476 MOON WALK394(擬似半陰陽の炎上、捕食の炎上)
少女たちの丑待ちの鏡がぞっとするのは、異性になるまで小さく小さく(まるで、ズーム・アップするように)縮んで負い目があるかのように魂が映し出される擬似半陰陽の炎上だからである。それは、雌雄異体の気配とは何か(まるで)違って、現在の広がりが行方知れない。
林養賢の要約としての金閣炎上も、丑待ちの鏡をのぞくようなものだが、しかし、世界が終わっていて発声筋が硬直するまでに痙攣するために、つまり、吃って呼び交わせないために、異性になるまで小さく小さく(まるで、ズーム・アップするように)縮んで魂が映し出される擬似半陰陽の炎上なのではなく、虎つぐみや兎のような小動物になるまで小さく小さく(まるで、ズーム・アップするように)縮んでまるで負い目があるかのように魂が目と口から飛び出してしまう胃袋の位置異常なのである。
この捕食の炎上は、火に身を投じて自分を食べるようにと訴えた兎が釈迦牟尼となって想起する献身のように伝達されないために伝達して記念碑的である。ふぶきのなか仕掛けておいた罠にかかった小禽獣を獲りに山谷に出る養賢の後ろ姿は大きく逞しげで野性に呼び出されているが、しかしそれは、胸が大きくえぐれて肋骨が透けて見える脆弱の埋め合わせで、胃袋の位置異常のために今にも嘔吐しそうで、現在の広がりは収縮、失踪、焦燥している。
五番町の遊郭に三日通うことが、この、現在の広がりの萎縮を緩和するのではなくなぞることであるように、金閣炎上は、この焦燥の解消ではなく、息を継ぎに水面へ浮かび上がろうとするのではなく、継がれない世代の、雌雄異体の気配の窒息の、捕食の炎上の、伝達されないために伝達する殺祖の、そうした焦燥と混乱の劇化、拡大された現像である。


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