碧空1514 phantom circuit22(誰も躱せないおかしな気配)
1514 phantom circuit22(誰も躱せないおかしな気配)
金閣寺炎上は、林養賢の精神分裂が業の気配を剥き出しにして林養賢がその暗喩である限りで、犯人が誰でもなくなるように変容している。
ジャン・ヴァルジャン(「Les Miserables」V.Hugo)を思いがけなくも襲った苦悶とは、ツーロンの徒刑囚ジャン・ヴァルジャンの、その履歴を改竄して(しかし)贖罪から世を忍ぶ市長マドレーヌの、その、壁に写る人知れぬ影が不覚にも遠方で同じ履歴のシャン・マティユーとなって(従って)冤罪がシャン・マティユーの身体に顕れ、それはまるでジャン・ヴァルジャンが二重人格的に解離して、あるいはジャン・ヴァルジャンが夢中遊行的に失踪(fugue )してシャン・マティユーになっているとでもいうかのようで、しかも徒刑囚シャンマティユーの冤罪は、市長マドレーヌの壁に写る影が制御不能に自白しているようなものなのである。
この、ジャン・ヴァルジャンの葛藤が、シャンマティユーの冤罪とマドレーヌ氏の贖罪とに分割された、その秘密な分担と制御不能の自白は、あの、身体の矮小なナポレオンが世を代表して皇帝に肥大する痙攣的緊張が、服従する末端と命令する中枢とに酷薄に解離、分業して緩和するのとは、何か違う。
冤罪と贖罪の関係は、服従と命令の関係に対応するのではなく、命令(漠とした予期)としてではなく服従(具体的な解)としての運命が孕む矛盾である。その、運命のおかしな気配は、シャンとジャンに分岐した先で再生してしまう。その分岐は、二重人格的な解離ではなく、シャムの双子のように向き合って二重に再生する葛藤(おかしな気配)を、誰も躱せないのである。


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