碧空1534 phantom circuit42(精神の三重の現象の突然覚醒)
1534 phantom circuit42(精神の三重の現象の突然覚醒)
怪談は良心の隠語的腹話術であるように、ミステリは精神の隠語的恐喝である。この良心と精神の中間の反隠語的な告白の如何わしさは、単に中間であるからではなく、そもそも、底知れぬ無の気配に浮きのように反応した表現、運命や種や、EROSや本能、良心や精神、無意識といった命令の隠喩性が如何わしいのである。
ミステリは、怪談の真景が良心の瘤や疣や潰瘍であることを度忘れしてしまうように、その生贄が精神の三重の現象の奇形であることを度忘れしてまう。生贄であることに致命的に程度が顕れて、精神の三重の現象ではなく、単なる死体に、無差別に沈むようで無差別ではないが特別というのでもない死体に零落してしまうのである。
通り魔に会うことは、無差別にして特別であることの裂目(二重性)を受胎するのであるが、J.J.Rousseauの出現と告白は、フランスの底知れぬリクエストを通り魔が魅(さ)すように受胎することと、この如何わしい精神の三重の現象の突然覚醒である。その告白は他の誰かの声帯を通さないで、反隠語的であっても如何わしい。「湖中の島の牢獄」のような孤独の昇華は、突然覚醒的な位格の取り消しであるからである。Les Miserablesも、底知れぬリクエストが息吹く限りで、地下的ではあっても単に憤怒と逆転を潜めた勢力というのではないのである。


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