Thursday, July 25, 2019

碧空1539 phantom circuit47(キリストが近づいて来るのが分かる)

1539 phantom circuit47(キリストが近づいて来るのが分かる)  群集した民衆の逡巡を岐路で決断的に導くのは名もなく分類し難い突発的、偶発的な動きであるが、しかもそれは予め計画されていたようにして突発的、偶発的に振る舞う。底知れぬ命令の気配が吐息のようにかかる、その変脱は、先立つはずのものが後れて来るのである。  王の生首と民衆の生首の二重人格的な解離の、その、ひそかな逡巡を1789年以後の陣痛は反映している。王政も帝政も民主制の一症状、あるいは一擬態、あるいは一偶然であるのに、権力が普通選挙と呼ばれる無意識に導かれないかに見える。個体が種を代表するように種が導く魔法は無意識に変脱するが、いつの間にか精神に、さらには運命に入れ替わってしまい、身分の精神に導かれて全体が個虫の振りをする擬態にも、英雄の運命に導かれた偶然にも(EROSのように)先立つはずのものが後れて来るのである。  キリストが近づいて来るのが分かる、といった裂目のような自由から一度も離脱したことがないのに連れ戻されてしまうとでもいうように驚く不自由、そうした残り疑わしい懐疑が悪魔的なものである。究極の現実すなわちキリストを感じる器官が魂であるが、それは一度も潜伏したことがないのに後れて来るとでもいうようにいつの間にか振動する魔術的なものである。  それは、縮小するように拡大するようなもので、しかもその、底知れぬ命令の気配は系統発生的に変脱するようでいて、いつの間にか遡行し、遡行というよりいつの間にか隣に移る、あるいは飛び越えるようにして振動する。それが、先立つはずのものが後れて来るOedipus 振動である。

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