碧空1562 phantom circuit70(百の生首になって擬似半陰陽が祟る)
1562 phantom circuit70(百の生首になって擬似半陰陽が祟る)
巡回牧師アンスル・ボルンが突然グリーンから失踪して、ペンシルベニアのノーリスタウンで小さな雑貨店の主人A.J.Brown となって覚醒するように、キュラフロアはディヴィーヌと名乗って(自食して)パリに姿を現わす。キュラフロアとディヴィーヌの間に出現する予定調和的な全体はキュラフロアやディヴィーヌとなって姿を晦まし、どちらの個体も偽である。しかし、現実性に包まれて疾は減衰し、現実というだけで曖昧になって、それほど個でも偽でも症状でもなくなる。
予定調和的な全体が種と呼ばれようと、運命や精神や無意識と呼ばれようと、この可能性はキュラフロアやディヴィーヌとなって姿を現わして姿を晦ますのであるから、この、解離しない半陰影、この覚醒した媒体性は個を脅かす。個だけでなく偶然や偽や症状といった疾が脅かされるのであるが、それは奇妙なことに、疾しさとなって潜伏していた底知れぬ命令に被曝して疾が解けるのである。
罪や嘘が毒草や生首となって密かに生え出るように、ディヴィーヌは「私」というものを打ち消すもの、すなわち生首になって、ヨハネのように先立つキュラフロアが祟るのである。
通りで百人のジャンとすれ違うというジャンは、ジャン!と叫ぶと通りかかる百人がみんなジャンになって祟るようなもので、予定調和的なJean Genetが百の破片になって百に散らばる聖遺物のように盗まれていると感じるのである。しかし、後れて来るはずのジャンが途中までしかやって来ないのは、百の破片になって通りかかるというよりは、百の生首になって擬似半陰陽が祟るのである。


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