Thursday, September 05, 2019

碧空1568 phantom circuit76(雁に乗ったジャンの旅が、顔面に迫る)

1568 phantom circuit76(雁に乗ったジャンの旅が、顔面に迫る)  華のノートルダムの生首が転がる斬首の瞬間は、サロメというよりG.Moreauに取り憑いて蘇るヨハネの生首のように宙に浮き、この世界に属さない。この、この世ならぬものの忽然とした出現(apparition-like suddenness)の、その忽光を、発作的に模写する顔面の戦慄が惚恍であるが、「薔薇の茂みの出現」(Jean Genet)は隠喩的に形式が与えられたのではなく、余計な付加や置換のある隠語として極端に私的に(アブラハムが呼び出された燔祭の旅のように極端に私的に)顔面に迫る。  この薔薇の出現は、本質ではない偶然が本質に昇格しようとして底なし沼で足掻く魑魅のような、擬似半陰陽の光景の黙示なのである。  雁に乗ったジャンの旅の窮極は、「百年にひとたび姿を現わす都」のように薔薇の茂みが百年にひとたび出現するのであるが、その百年は小さく小さく(まるでズーム・アップするように)伸縮する。後れて来るはずの主体が途中までしかやって来ない限りで、雁に乗ったジャンの旅は顔面に迫る。  顔面に迫る、それは、フランスでもスカンジナビアでもなく、世界の終わりに出る感触である。

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