碧空1598 phantom circuit106(話さないではいられない!)
1598 phantom circuit106(話さないではいられない!)
身体的な黙示とは、個の三重の位格(現実性、媒体性、幽霊性)がいつの間にか変脱して範疇性を逸脱するのである。黙示は、範疇的ではなく、底知れない。それは、まるでいきなり(何もしていないはずなのに)罰が降りかかるような衝撃であるが、まるでいきなり(送れて来るはずの主体が途中までしかやって来ない)タイム・スリップしているような衝撃に転写される。
そもそも贋の悔恨や贋の追想といった焦燥や疾しさや眠気のように蔽いかける憂愁は、個となって姿を現わすと同時に姿を晦ます種の三重性といった命令の次元跳躍や、系統発生的に見える命令の諸表現の変脱の、その底知れなさに被曝して宙に浮くのである。それは、解離に庇護された日常性の崩壊であるから範疇や時制や遠近法の混乱であるが、覚醒なのである。
それは、日常性の(それと知らず)「壁に写る影」の覚醒、世界の終わりの黙示である。世界の終わりは範疇ではなく、むろん伝達しない。
同じようにして、鶴女房の「壁に写る影」すなわち壁に釘づけになった異類(鶴)は範疇ではなく、「私」が終わるところで極端に私的になって個と種が解離しない生首の如く超絶隠語のようなもので、伝達しない。鶴女房は、むろん混合種のような範疇ではないし、世界の終わりのような経験の頓挫であって、しかし何か範疇に解消されるはずだと足掻くように話さないではいられない!のである。


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