碧空1603 phantom circuit111(被救済の閃光)
1603 phantom circuit111(被救済の閃光)
「私が行くために野火が上がる」ように、ヨハネが行くためにキリストが来るのであるし、ジャンが行くためにアルカモーヌやヴァイドマンといった名札のついた生首となって聖史劇的に再生するのである。ヨハネが予期していなければキリストは出現しないが、しかしヨハネが地上に出たときに、この世にも珍しい昆虫が絶滅していたら一体どうなるのだろうか。
ヨハネの生首とは、この世にも珍しい昆虫の振りをして出芽する射精であるから、その自食の奇蹟は、キリストを間に合わせる。その即興がJesus Christ、キリストが見分けられるということなのである。それは、何よりも本物にして何よりも贋物、というような閃光である。
生首は精神に変脱して、偽となって姿を現わすと同時に姿を晦まして、キリストが実在するように(従って実在するかのように)まじなう。偽も同然の無意識が精神のように振る舞い、「私」が終わるところで極端に私的になる。キリストは、そのような被救済の閃光である。


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