碧空1609 phantom circuit117(生首と秘密)
1609 phantom circuit117(生首と秘密)
個も同然の良心が種のように振る舞うとは、種の一つの解としての良心(個)が種の振りをして、身代わりに立つのである。同じようにして、良心の一つの解としての精神(悪)は良心の振りをして身代わりに立つ。秘密も同然の運命が生首のように振る舞うとは、生首の一つの解としての運命(秘密)が生首の振りをして身代わりに立つのである。
この三重の代表(仮面性)が解離する限りで、姿を現わすと同時に姿を晦ます代表の、その妥当要求としての正直と正当性や、秘密を洩らすあるいは秘密を暴く話法としての告白と伝聞は解離するが、解離した先で、告白のそれと知らず「壁に写る影」は伝聞、伝聞のそれと知らず「壁に写る影」は告白なのである。
告白と伝聞の知らず知らずの共謀や「壁に写る影」の気配が如何わしいままに如何わしさを遁れようとして変態した話法が推理であるが、Sherlock Holmsの痕跡からの演繹や敷衍が魔術じみて眩惑的なのは、この如何わしい解離からである。その不随意の呪術は、目的と比喩の区別がおかされて、実在するように(従って実在するかのように)まじなうのである。
しかし、ジャンの密室が「薔薇の奇蹟」であるような部屋の秘密性が魔法がかって光るのは、フォントヴローの中央刑務所がアルカモーヌ(の生首)が出そうな場所であるのは、超絶隠語となって秘密を洩らす神託、魔法、腹話術、恐喝、精神分析が変脱はしても、三重の仮面性は解離しないからである。


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