碧空1626 phantom circuit134(零落したファントム、宙に浮かんだ魔法の時)
1626 phantom circuit134(零落したファントム、宙に浮かんだ魔法の時)
髑髏の口元は笑っているのではなく、三重の仮面性の、その、込み上げて来るおかしさに(しかし)笑い出さない彷徨の、その世俗形式、できる限り肉をそぎ落とすと同時に肉づけした抽象である。釘づけの磔刑のJesus Christの体位、それは「隣人になる」体位であるが、蝙蝠や蜥蜴や蝿や狼や、そしてやはり隣人、さらにはテンペストやガスとなって姿を現わすDracula の生態も、贅肉となって輪郭を探す肥満体や輪郭喪失が輪郭である尨の症状なのである。
一体、期限が来たら約束を満たさなければならない悪魔との契約とは、魂を引き渡すというよりは、輪郭の源泉であるはずの魂が、のぞき穴の向こうで鶴女房が壁に異類の影を写しているように、尨の症状を剥き出しにして、三重の仮面性にまるで連れ戻されたとでもいうような魔法の時である。従ってそれと、姥ヶ池の主との(やがて可惜18の姫の枕元に夜な夜な通って来るようになる)約束の時とは、paramorph なのである。
尨の症状は、追跡や陰謀の気配に変装して迫るだけでなく、オペラ座の大部屋の踊子や練習生の間にオペラ座に出没するファントムのうわさとなって漂う。「オペラ座のファントム」(Gaston Leroux )は、少女たちが、贅肉となって輪郭を探すように、うわさとなって輪郭喪失が輪郭であるような存在を探すのである。しかしそれは、世俗の形式に解消したファントムではなく、ファントムじみた(宙に浮かんだ)魔法の時なのである。


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