Wednesday, December 04, 2019

碧空1628 phantom circuit136(最初に見たものが生贄になる身代わり)

1628 phantom circuit136(最初に見たものが生贄になる身代わり)  ジュスティーヌは、ジュリエットが終わるところで極端にジュリエット的になる。のぞき穴の向こうの生首はジュスティーヌであるはずなのにジュリエットなので驚くというふうだ。場所となって潜伏しないのぞき穴は、ジュスティーヌがジュリエットとなって双子の片割れのように区別をおかされて映る鏡像が、鏡の奥行を抜け出してジュスティーヌの生首となって迫る髑髏(おかしさを怺える)装置なのである。  「私」は、貞子が終わるところで極端に貞子的になる。のぞき穴の向こうの生首は「私」であるはずなのに貞子なので驚くというふうだ。場所となって潜伏しない(従って、後れて来るはずの主体が途中までしかやって来ない)のぞき穴は、「私」が貞子となって映る映像が、テレビの画面の奥行を抜け出して「私」の生首となって、奇形膿腫のなかのシャムの双子の片割れである貞子となって迫る髑髏(戦慄を怺える)装置なのである。  この魔法の時(のぞき穴)の世俗の形式は、身代わりの時(のぞき穴)である。のぞく、その能所が解離しない丑待ちの鏡のように、最初に見た(すなわち見られた)ものが生贄になる身代わりである。それは、拉致や失踪に見える。「美女と野獣」では、器官は延長されて、旅に出た父親が帰還して最初に見たものを身代わりに出す約束に変形していて、「リング」では、ビデオをのぞき込んだものが(すなわち貞子にのぞき込まれたものが)生贄になる。まるで貞子は生贄に飢えているかに見えるが、しかしそれは、貞子がまだ生贄ではなく、これから生贄になる練習なのである。  この、最初に見たものが生贄になる身代わりの範疇に、一目惚れと目配せは属する。「真景累ヶ淵」の陥穽じみたのぞき穴は、そうした、おかしさと戦慄を怺えてふるえる約束の時なのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home