Wednesday, January 08, 2020

碧空1650 phantom circuit158(ダブリンの交易風景)

1650 phantom circuit158(ダブリンの交易風景)  部分が全体以上であるような(あるいは、全体が部分以下であるような)絶対の気配に被曝する、その、無我や不死に応答する不思議、あこがれは、後悔のように痼って魂(呼び声)が萌芽するようでも、離れるようでもある。  「単調な学校生活から、すくなくとも一日くらいは脱けてみようと私が決心したのは、暑中休暇が間近いころであった。リーオ・ディロンと、それからマーニーという少年とで・・・桟橋路を汽船のいるところまで行って、それから渡し舟で渡って、歩いて「鳩の家」を見に行くことに決めた。・・・翌朝、私は・・・運河堤を急いだ。・・・橋の笠石に乗って・・・そこに五分か十分腰かけていると、マーニーのネズミ色の服が近づいてくるのを見た。・・・リーオ・ディロンの姿はあらわれなかった。・・・私たちはノース・ストランド道路を歩いて硫酸塩工場まで行き、それから右にまがって、桟橋路についていった。・・・私たちは河の近くに来た。二人は、高い石垣で片側をかためた騒々しい街を歩いたり、クレーンやエンジンが動いているのをながめて、私たちが動かずにいるので、ガラガラ音をたててくる荷馬車の馭者に何度もどなられたりして、相当の時をすごした。埠頭に着いたのは正午だった。労働者たちがみんな昼飯を食べているようすなので、私たちも干し葡萄入りのパンを二つ買って、河ぶちの鉄管に腰をおろして食べた。ダブリンの交易風景がほしいままにながめられた――もくもくとのぼる煙が遠方から目じるしとなる荷船やリングズエンドのむこうにいる一団の茶いろの漁船や、むこう側の埠頭にいま荷揚げしている大きな白い帆前船・・・高い檣を見つめながら、学校でいいかげんに詰めこまれてきた地理の知識が、自分の眼の前にだんだんとはっきりしてくるのを見るというか・・・学校と家は私たちから遠ざかるようにおもわれ・・・」(「An Encounter(Dubliners)」J.Joyce)  日常というものはどんなに平準化して規則や習慣や形式や価値におさまろうとも、笑い出さないで、あるいはゾッとおののかないで(模写発作ではないように)程度に留まる余裕の範囲で放浪する分別である。しかし、模写発作は、総身の毛も太るとか、顔が青くなるというように、痙攣的に彷徨うのである。「私たち」は学校と家の検束から遠ざかるのであるが、俄然、後れて来るはずの「私」が途中までしかやって来ないで、コンナコトニナッテ(あるいはコンナ遠クマデ来テ)シマッタというような後悔の萌芽と、漠とした地理の知識がズーム・アップするのぞき穴となって、このダブリンの交易風景が浮かび上がる、そのmetamorphosis に被曝して「私」の危機が応答する憧憬との間に、振動している。そのダブリンの交易風景は、日々の仕事をする人々ののぞき穴が浮かび上がらせるダブリンの交易風景とは何かまるで違う。  それは「百年に一度姿を現わす都」のように嘘のような風景で、偽を見てはならないのに誘惑しかける精神(変脱した禁止と誘惑の図式)が祟る、あるいは「私」が終わるところで極端に私的になる思いがけない(従って予期していた)偽も同然の秘密の景色に被曝するのである。

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