碧空1652 phantom circuit160(コレガDublinノ交易風景ナノカ!)
1652 phantom circuit160(コレガDublinノ交易風景ナノカ!)
「禁止と誘惑の図式」が祟る「偽も同然の秘密の景色」を実在するように(従って実在するかのように)ズーム・アップするのぞき穴が、目的と場所と比喩が解離するか収斂するか、場所と後れて来る主体が分岐するか収斂するか、「禁止と誘惑の図式」と「偽も同然の秘密の景色」が解離するかしないかで、ダブリンの交易風景は日常の一隅の情景でもあれば、別の惑星に瞬間移動もする。
「禁止と誘惑の図式」と「偽も同然の秘密の景色」の目配せの関係はmetamorphosis であるが、詰め込まれた地理の知識とダブリンの交易風景の遭遇の関係となって呼び出されている。この知識は命令とならなければ浮上しない記憶であり、その抽象(問)が具体(解)となって姿を現わす遭遇、それは、路面電車に運ばれて両国から更に深々と侵入していくにつれて俄かに大都会のビル群が迫り上がって来る、あの、浦辺で話に聞いていた「東京」との遭遇であるが、コレガ「東京」ナノカ!を代表するものは即興的で片隅に過ぎないのであればこそ「百年に一度姿を現わす都」なのである。
その片隅が目配せして瞬間移動するほど秘密なのは、東京が終わるところで極端に東京だからである。「私」が終わるところで極端に私的になるのぞき穴を覗いてしまったのである。


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