碧空1657 phantom circuit165(底知れぬ鸚鵡貝の目)
1657 phantom circuit165(底知れぬ鸚鵡貝の目)
鸚鵡貝の目や蛸の目が真に迫る目の出現は、すなわち出現したのぞき穴は、場所と後れて来る主体と目的とが解離して、その裂目は眠り込んでいる。鸚鵡貝の目や蛸の目が薄気味悪く迫る目の出現は、すなわち出現したのぞき穴は、場所と後れて来る主体と目的とが解離しないで、その裂目は(真偽の区別をおかされて)驚く。
のぞき穴は、鸚鵡貝の目や蛸の目が実在するように(従って実在するかのように)出現して真に迫るか薄気味悪く迫るか(あるいは、目的と比喩が解離するか解離しないか)振動するのであるから、後れて来る主体の機能は比喩である。裂目が驚くのは、後れて来るはずの主体と潜伏するはずの場所や目的との区別がおかされてまるで鸚鵡貝の目や蛸の目が這い上がって来ているのに驚くというふうなのだ。見てはならない禁止に誘惑されて、産屋に籠った妻の身体を覆う鱗やはたを織る女房の壁に写る異類の影をのぞき見てしまう図は、この裂目の(真偽の区別のおかされた)覚醒を、神話的にあるいは民話的に吹き替えるのである。
この裂目は、翅を広げると目玉模様を現わす眼状紋の存在を蝶が知らないように(少なくとも見たことにはならないように)、後れて来る主体は知らない。裂目の覚醒も、後れて来る主体が途中までしかやって来ないのであるから知るということにはならなく、まるで他の誰かの身体に起こった目ののように驚くのである。廓然として覚醒、というのに無明なのである。
時間のように(無も同然の)予定調和的に後れて来る種や全体は個や部分の振りをするが、その比喩性は、生き延びるために生き延びてはならない「禁止と誘惑の図」の底知れなさである。


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