碧空1675 nautilus18(沈黙の垂迹)
1675 nautilus18(沈黙の垂迹)
鶴女房は、アブラハムがアブラハムの旅をアブラハムの影のように共にする「その誰か」になって話すように、この不随意の腹話術は秘密を話してしまうが、生贄の話ではなく、救済の話に屈折、あるいは反転している。しかし、この生贄と救済も区別がつきにくいので、何度ものぞきに戻らないではいないのである。
鶴女房が後れて来る悔いであるとすれば、それは、アブラハムが「その誰か」になって話す(従って沈黙する)ように話すのではないが、後れて来る悔いは、その沈黙の垂迹である。というのも、この、後れて来る悔いとは、届かぬ思いだからである。まるで届かぬ思いをしないように、見てはならぬ、話してはならぬ、というかのようだ。


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