碧空1680 nautilus23(Jesus Christが絶景として実在するように何度ものぞきに戻らないではいない)
1680 nautilus23(Jesus Christが絶景として実在するように何度ものぞきに戻らないではいない)
主語は述語を解として導く問であるから、即興とは、「私」が実在するように(従って実在するかのように)まじなうのである。問としての「私」と解としての「私」が解離する限りで、問としての真理と解としての真理も解離して、「私」と真理は解離する。
Jesus Christは、「私」と真理が解離しない絶景であるが、I am the life and the resurrectionは、のぞき穴に呼び出されたJesus Christが絶景として実在するように(従って実在するかのように)まじなう即興である。
問と解の関係に対応する主語と述語の関係は解離であるが、I am the life and the resurrectionは、「私」と真理が解離しない絶景を何度ものぞきに戻らないではいないのぞき穴の出現であって、しかし覗くことが、一体写真に写すようなことなのか鏡に映すようなことなのか、どちらも逃れ去ってしまう。


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