Wednesday, March 11, 2020

碧空1692 nautilus35(つけ回す「電波」、布教の猖獗)

1692 nautilus35(つけ回す「電波」、布教の猖獗)  天使が魅(さ)すのぞき穴の、その、鏡像を乗っ取られる自由剥奪や輪郭喪失の、その、身に覚えのない追跡の気配に変装する絶対服従を写真機が写し出す、その、伝達・表現の一つが、暗黒の宇宙から飛来した生命体(snatcher)に、新世界に移住した新教徒の子孫が次々と乗っ取られ、いつの間にか入れ替わってしまう教区の危機(あるいは試煉)である。  絶対服従の伝達・表現は解離しない。この、乗っ取られた鏡像は、闇の中に迫る追手の跫音が不意に鏡をのぞき込んだ顔(鏡像)となって回り込んでいる、といったスリルの励起である。これは、追い詰められている主体の顔を突然回り込んでのぞくカメラワークの技術(鏡像の効果)に取り込まれている。物語る目が突然(蜻蛉を切って)化けて出る器官となって、追手の気配が鏡像を乗っ取ってまるで前方から(あるいはまるで鏡の奥から、というより何処からともなく)迫るのである。  試煉の如き被監視状態は、「私」を脅かすが「私」を呼び出しもする。1981.6.12.am11:30 深川森下、通りかかる川俣軍司をつけ回す「電波」も、鏡像を乗っ取るsnatcherが次々と(天使が魅(さ)すテロルが感染するように)住民を乗っ取ろうとしたのである。つまり、この「電波」は、絶対服従の(解離しない)伝達・表現であって、布教が猖獗する如くなのである。

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