Sunday, March 15, 2020

碧空1695 nautilus38(識別不能の沈黙のヨハネ)

1695 nautilus38(識別不能の沈黙のヨハネ)  種と個が解離しない半種個の最後の一羽(がモウ一羽イル!)に対応する天使の言葉、最後の言葉(がモウ一葉アル!)があるはずだ。それは一発語にして予定調和的な言語全体であり、通り魔のように襲う言葉、魅(さ)す識別不能の最初の言葉である。  それは憑依じみていて、「私」がモウ一人イル!ものだろうか、というように驚きと懐疑の間の再発発作である。いつまでも「私」にならないし、「私」という気がしないのである。いっそ竜胆や野菊のような気がすると言った方が「私」という気がする。予定調和的過ぎて、出現すると同時に逃れ去るために、アブラハムはいつまでもアブラハムにならない。呼び出しを食らったアブラハムとは、そのことの発現である。アブラハムはKierkegaard(もう一人のKierkegaard(Johnnes de silentio)となって驚きと懐疑の間に、セピアの憂いとセピアの絶対服従の間に何度ものぞきに戻らないではいないのである。  「モナリザ」も予定調和的過ぎて、「モナリザ」がモウ一枚アル!を躱せない。実体的にもう一枚の「モナリザ」を夢想したくなるのは、あるいは夢想通りもう一枚の「モナリザ」が発見されることになるのは、あるいはそれが「モナリザ」の隠れた地層から特殊な探知機を通して発掘されることになるのは、あるいは「モナリザ」が複写されて拡散するのは、「モナリザ」が実在するように(従って実在するかのように)まじなうに過ぎない。しかし真に迫るのではなく、薄気味悪く迫る「モナリザ」が被曝する隠れなさは、死体のように公然とすることではなく識別不能なのである。

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