Thursday, April 02, 2020

碧空1707 nautilus50(反直観的な遠方)

1707 nautilus50(反直観的な遠方)  遠方では時計がひどく遅れるだけでなく眠気が濃厚になる。というのも遠方は、単に程度として遠いのではなく、その広がりと時計の進みとの区別がおかされて到達不能になる焦燥や憂愁や憧憬だからである。  この、遠方とは、雌雄異体の気配から遠方と夜が出会う、死体が潜んでいそうな地図にはない場所である。そこで雌雄は炎をあげてもつれ合い、体を合わせ、隠れているはずの死体を探すのである。子供は、もっと遠くへ漠として駆り立てられるように夢中にのぞむが、不図、夜の方面からも辿り着けるのではないか、というような焦燥や憂愁や憧憬に覆われる。  夜は絶対速度の媒質になる。「乗っていたのは13人」といった薄気味悪く迫る隣人の気配は、誰の姿をとったか分からない疫病の気配である。夜の奥地はハンスがもう一人のハンスを発見する屋根裏部屋のような秘密の国境であるが、そこは隠れ処になるどころか隠れない(nowhere to hide )。追い詰められないように「私」が後れて来るのぞき穴を通して、「私」は錯覚(遠近法)をのぞむ主体であるが、従って到達は実は届かないのであるから後れて来る悔いが息を潜めている。  この錯覚すなわち引き寄せられた日常性は錯誤というより仮初めののぞみである。こののぞみが俄然まるで我に返るような覚醒は、たちまち反直観的な遠方へ駆り立てられている。というのも、この、偶然の遠方となって姿を現わすと同時に姿を晦ます最終状態は何よりも身近く疾しさとなって潜伏しているからである。

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