碧空1708 nautilus51(「私」でなくなる遠方)
1708 nautilus51(「私」でなくなる遠方)
「それはアンスル・ボルンという30歳の巡回牧師で、ある日(1887年1月17日)彼は銀行から551ドルの預金をおろし、突然グリーンから失踪、2ヶ月の間行方不明であった。この間彼はA.J.Brownと名乗ってペンシルベニアのノーリスタウンで小さな雑貨店を切りまわし、仕入れ万端を立派にやっていた。しかもこうした仕事はそれまでに一度もやったことがなかった。1887年3月14日、彼は突然覚醒して家に戻ったが、その間のことは完全に忘れていた」
「恋するオトメ」が縁生するには、少なくとも「恋するスルメ」が打ち消されなければならなく、「幼盗」は、「窃盗」が縁生するために少なくとも打ち消されて埋められている死体の一部である。「長谷川が一矢」なら「長谷川が一夫」が打ち消されて埋没しなければならなかった世界を代表して浮かび上がり、誤読ということになる。「誌上最大露出」の、埋められた死体のほんの片隅が「陸上最大露出」である。こうした錯誤は、打ち消されて疚しさとなって潜伏した死体の極一部の、夢のような表出である。
雑貨商A.J.Brown は、同じようにして、巡回牧師アンスル・ボルンが縁生するために打ち消されて(しかし消滅したのではなく)疚しさとなって潜伏した死体の一部の夢のような表出、すなわち夢遊的失踪(fugue )と呼ばれる錯誤なのである。ペンシルベニアのノーリスタウンは死体が潜んでいそうな地図にはない遠方と夜の出会う片隅であるが、雌雄異体の気配が覆い隠されて焦燥や憂愁や憧憬となって覆いかけている。
雑貨商A.J.Brown とは、巡回牧師アンスル・ボルンが漠として「私」でなくなる遠方で、その唐突な夢のような表出は錯誤であるか、あるいはその、「私」が追い詰められないように後れて来る「私」がのぞむ錯覚の生活は「私」でなくなる死体を夢のようにそれと知らず手探っているのである。


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