碧空1734 nautilus77(何かばかでかい臨在を孕んで、何か呆気ない)
1734 nautilus77(何かばかでかい臨在を孕んで、何か呆気ない)
この世の景色に逃亡しても世界の終わりに出てしまう無限旋律は、この世へ逃亡して霊的でなくなるはずなのに霊的になる死や場所の、その二重性の展開を複写する。それが、「Fugitive」が何度ものぞきに戻らずにはいない隣の街であるが、この、人知れず最後の審判に被曝した隣の街とは、追跡と陰謀の気配の圧縮である「湖中の島の牢獄」(J.J.Rousseau)の、その解として増殖するかの如き夢想のfugue あるいはシリーズなのである。
同じようにして、何度ものぞきに戻らずにはいない隣の人の出現は、人知れず復活に被曝していて、その、「私」でなくなる冒険の、その痛恨のエラー(偶然、個、悪、偽、症状)のシリーズなのである。呆気なさ、取り返しのつかなさを励起する何かばかでかい臨在が死や場所の振りをして潜伏してこの世のものを輪郭づける、そののぞき穴が後れて来る「私」の献身であることに被曝する痛恨のエラー、それが死者の目で、この世のものは忽光に達する。
隣の人を何度ものぞきに戻らないではいないのは、この、霊的でなくなる献身としての「私」の、「私」でなくなる冒険が忽光に達するからである。この被曝は、反直観的である。というのも、「私」と「私」が媒体であることとは、矛盾だからである。
こうして、霊的でなくなるはずの片隅の隣の街も、片隅の隣の人も、何かばかでかい臨在を孕んで何か呆気なく、まるで大地震がひとしきり揺すぶって玄関から出ていくというふうだ。人の生活の姿と規模に縮小して、その寄生が何かばかでかい臨在を複写するのである。


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