Thursday, May 14, 2020

碧空1738 nautilus81(ヨハンの水の洗礼、ヨハンの奇蹟)

1738 nautilus81(ヨハンの水の洗礼、ヨハンの奇蹟)  ヨハンの水の洗礼とは何か。  水鏡をのぞき込むヨハンは後れて来るはずの主体なのにいつも早く来過ぎてしまって、誰にもなれない(「私」の本当の持ち主が分からない)のである。そのことを強迫的に何度も確かめに戻らないではいないように、しかもまるで誰かであってはならないかのように擬似消去の運動が繰り返される。この疼き、焦燥、憂愁は、水に映った顔がヨハンを代表する生首とも知らずに魅惑されている。つまり、ナルキッソス的なものである。ヨハンの擬似消去の運動は、ヨハンを代表するのに他の誰かであるような、ヨハンでなくなる痕跡を、しかし霊的になるのでもない痕跡を消去しようとする首のない胴体の彷徨である。従って、ヨハンの胴体は、双子の妹のアンナを消去しかねなく、しかしそうはならないようにアンナを誘ってヨハンの額を撃たせることになる。  ヨハンの奇蹟とは何か。  Drテンマが、この胴体にびったりフィットする生首などということがあるものだうか。ヨハンが生き返った奇蹟は一体誰のものなのか。脳外科手術の超絶技巧は奇蹟というものが前触れていたもので、その奇蹟を代表するのはDrテンマであるから、水に映った生首はDrテンマの顔をしていて、それは他の誰かであるのにヨハンを代表していて魅惑する。こうしてヨハンは、Drテンマを誘うのである。ヨハンは、Drテンマの目的であるが痛恨のエラーとなって顕在化するのであるから、奇蹟に匹敵する超絶技術の脳外科医である以上にヨハンを追跡し、その変奏として連邦捜査官から逃亡するDrテンマは、ヨハンの場所となって疾しく、疼く。(「nautilus79、80」)

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