碧空1761 nautilus104(Elpisの三相)
1761 nautilus104(Elpisの三相)
祖殺しの夢想は、ヤーウェ「の」夢想で、この「の」は、主格、対格、属格、同格、喩格の区別がおかされている。後れて来るはずの主体は、途中までしかやって来ない。それは、釈迦牟尼仏、摩訶迦葉仏トナッテ悟ル!というように、取り消されるように呼び出されるのであるが、命令と、命令を忘れないように忘れる亡命との区別がつかない。種の夢が、初めてであるかのように始まる。ゴーストがかかるのである。
早く来過ぎた主体の、のぞき穴の焦点は合わない。その、覆いかける焦燥や憂愁や憧憬は、漠として予期に変容した命令が喉元まで上り詰めて来ているが度忘れ状態なのである。この世のものになって(霊的でなくなって)解明されようと藻掻くが、空回りするのである。
のぞき穴の焦点が合うとすれば、しかしその、遠近法のかかった現実は、後れて来る主体が騙る錯誤で、錯誤であるがElpis に罹っている。


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