碧空1764 nautilus107(種の移動の魅惑)
1764 nautilus107(種の移動の魅惑)
取り消されるように呼び出される、その、生贄であることや、初めてであるかのように始まる二重の気分(媒体性、姦通性)からは、器官を延長して分業しても脱け出せない。後れて来るはずなのに途中までしかやって来ないで導かれることになる主体の、その矛盾が分割されて、導くMoses と導かれる人々の分業が起こっても、憤る如き二重の気分は消滅するのではない。
Moses が人々をのぞき込むのぞき穴にかかる時間は、過冷却状態の現在である。それは、遠近法に包まれて直しい時間の振りをしているが、突如、時計がひどく遅れていることを痛感させる。この世のものが脆くも次々ととめどなく崩壊するというのではなく、この世が宙に浮いてしまう、その、重力揮発の衝撃である。
ヤーウェはMoses となって亡命し、Moses は律法に反転して人々は導かれるが、導かれる人々の誰もがmoses になって殺到する断崖、それは、乾燥の危機に四方から集結、凝集した夥しいアメーバが一体のいきもののようにのたうって移動し始めるような、奴隷状態の憤怒の如き反転である。海が割れるというような異象は、さらにはアウシュビッツのような異象は、そうした、種の移動の憤怒の暗喩である。


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