Sunday, June 14, 2020

碧空1769 nautilus112(復讐の瞬間の「禁止と誘惑の図式」)

1769 nautilus112(復讐の瞬間の「禁止と誘惑の図式」)  海幸彦は個や偶然に迫ろうとして偽に出てしまわないように、同種の釣針ではなく同一の釣針を返還するように山幸彦に迫る。  ヨセフの身代が銀20枚であることは、ヨセフが同一の「私」に迫ろうとして他の誰かに出てしまうのである。それは同一の「私」を忘れないように忘れる同種の「私」に亡命するのであるが、反転して、同一の「私」に出てしまう!この、後れて来る「私」は、同種の「私」を忘れようとして忘れない、奇妙ニモ、主体である。  海幸彦が同一の釣針を取り戻しても、それは同種の釣針に降格している。それは、紛失する前の、あの釣針ではなく、あの釣針にはゴーストがかかっているが、取り戻した釣針は霊的でなくなるのである。この、後れて来る釣針は、同種の釣針であることを忘れようとして忘れない器官の延長、海幸彦を代表すると同時に代表しない身代である。  ヨセフの配偶の旅が銀20枚と引き換えに始まるように、山幸彦の配偶の旅も釣針の紛失で、すなわ ち海幸彦の生首である釣針と引き換えに始まるのであるから、銀20枚とは、ヨセフの双子の片割れすなわち10人の兄の首級である、とでもいうようだ。つまり、配偶の旅が始まるには、双子の片割れすなわち余計なものを打ち消さなければならないかの如く、それが配偶の旅の、見てはならない影、あるいは何度ものぞきに戻らないではいない光景なのである。  従って、飢饉に導かれて10人の兄がエジプトへ来るのは、打ち消されていた10の首級の、夢のように表出する首実検である。引き据えられた首級が銀20枚のように同種のものではなく、ヨセフの、あの異腹の兄であることへ誘導されてしまうのは、ヨセフがヨセフを忘れないように忘れて他の誰かになってしまう亡命が反転してヨセフを、あのヨセフであることへ連れ戻して、異腹の兄たちを音もなくずたずたに打ちのめすまでに寛大ではないからである。これは復讐の一形式ではなく、復讐の「禁止と誘惑の図式」である。目がくらむぐらい昇格して顔を変えた厨子王が面前に山椒太夫を引き据えて厨子王の顔に戻って見せる、あの逆転の瞬間の図式である。

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