碧空1781 nautilus124(群の生命は主体をよく思い出せない)
1781 nautilus124(群の生命は主体をよく思い出せない)
シシュフォスは償っているかに見えるが、それは、いつまでも1にならない中間の殺到に呼び出されて霧の中を彷徨うように導かれる試みの気配なのである。降って湧いたような、夢のように表出する律法は後れて来る主体を導くかに見えるが、いつも後れて来る律法は唐突にも夢のように表出する主体をよく思い出せない。
Exodusは霧の中を彷徨うように導かれる物語のスリップであるが、物語は「禁止と誘惑の図式」の伝達、すなわち試みが奇形的な表現としての生活様式に出るのである。群の生命が、律法と日々の生活様式に解離するのであるが、律法の解決であるはずの生活様式は偶然のしかも瓜二つの症状となって転写されていて、双子の片割れのように延長した何か余計なものである。しかもそれは、律法を忘れないように忘れる媒体であるから、律法は主体をよく思い出せないのである。
約束の生活様式に霧の中を彷徨うように導かれたイスラエルの群は、そのようにして試みられているエキストラである。
奇妙ニモ、このエキストラが主体扱いされるのは、まるでコトサラニ謀ッテ律法をおかす場合で、まるでウッカリ誤ッテ律法をおかすのはヤーウェの息がかかっているのであるが、むろん主体扱いとは、ヤーウェが知らんぷりして主体扱いするとどうなるのか試みる、あるいはよく思い出せないのである。


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