碧空1782 nautilus125(モーゼは写っていない)
1782 nautilus125(モーゼは写っていない)
モーゼがカナンの地に到達しないのは、群の生命が、律法が、群を導く主体としてのモーゼをよく思い出せないままなのである。モーゼとは、まるで罰を蒙ったかのように、いつまでも主体にならない半亡命、霊的でなくならない中間の殺到である。河に流されたが援き出された大抜擢が、それを要約する。
モーゼが「禁止と誘惑の図式」に留まるためには、モーゼは、霊的でなくなるカナンの日々の生活様式を鎧ったエキストラになることの中絶そのものである。
モーゼとエキストラとを撮影した集合写真には、モーゼは写っていない。逆に、モーゼが写っているのならば、とっくに町を去ったサーカス団の跡に出て何か糸がほつれるように、エキストラは写っていない。


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