碧空1785 nautilus128(なぜかヤーウェは怒る)
1785 nautilus128(なぜかヤーウェは怒る)
群の生命の、雌雄異体の層を占める恋の奇形性は、こんなところに盗まれている偶然の個をイツ見キトテカ恋シカルランというように嫉ましく、疾しく、もう魂を差し出している贖罪なのによく思い出せない。
この、群の生命を忘れないように忘れる偶然の個は選択肢ではないのに、どう魂を差し出せばいいのか分からない、おかしな狼狽から、光り物のような外延的付加物で身を飾るのは彷徨であるとしても、姦通の症状は転移発作ではなく、恋の症状の、その、よく思い出せないmetamorphosis の、その輪郭喪失を不義の刺激を以て輪郭づけて浮かび上がろうとする世俗化の試みである。しかし、後れて来る主体は誰かが乗り移って来る気配を脱け出すのではなく、打ち消された何か二重の気分、誰かがいるような群の生命の気配が夢のような破片となって表出するのである。
狐憑き状態が「私」を代表する不義密通の、その越境がお手討ちを以て贖われなければならないとすれば、それは、脱け出せない気配を信太の森の白狐のように狐として世俗化して叩き出したいのである。しかし贖罪は、お手討ちにかかることではなく、不義密通そのものである。
イスラエルの群はそもそも贖罪なのである。金や偶像で飾るような彷徨は、打ち消されたヤーウェが夢のような破片となって光るのであるが、なぜかヤーウェは怒る。


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