Wednesday, July 22, 2020

碧空1807 nautilus150(群がる忠誠の自乗の忠誠の殺到)

1807 nautilus150(群がる忠誠の自乗の忠誠の殺到)  コンサートの舞台上の異象は、教祖じみた偶像であるが、その偶像を囲んで異様な忠誠が群がる。偶像の現勢は群全体の現勢であるが、「葉隠れ」の諌争式に個々の忠誠が全体を代表するのであるから群がる忠誠の自乗の忠誠が殺到することになる。個々の忠誠は自らを遥かに凌駕し、偶像は偶像の自乗で、聖母や救世主じみている。  信仰は、異象を信仰する、というように後れて来る主体の遠近法を以て、異象を取り扱うのではない。遠近法が失効した異象は膨れ上がるが、その殺到の気配に宙に浮くことが信仰の現象である。それは意志とは何かまるで違う。異象そのものが信仰である。  ヤーウェは、そもそも信に迫るようにヤーウェの自乗であるような殺到で、真に迫るようには存在しない。ヤーウェは果たして、偶像と違うのだろうか。

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