碧空1811 nautilus154(真がかって迫って、何か明快でうれしくなる)
1811 nautilus154(真がかって迫って、何か明快でうれしくなる)
「For Whom the Bell Tolls」(E.Hemingway)の冒頭、爆破する作戦で爆薬を仕掛けるはずの地図上の橋を漸く木の間越しに遠望するのは、霊的抽象(予期)が具体となってズーム・アップする、望遠鏡をのぞき込むような効果であるが、忘れないように忘れるunlearn は、「忘れないように」へ重心を移していて、その分だけゴーストがかって迫る。即興的な手応えであるが、地図上の橋は畸形化して、真がかって迫って何か明快でうれしくなる。
同じようにして、ハンニバルの記憶の、その霊的命令を忘れないように忘れる想起が、これまでは夢のように知覚と想像が解離しない現実であったが、それは屋根裏部屋のハンニバルの日常に着床するために、知覚的に転写されていた。例えば壁に貼り出されていたヘル・ドートリッヒの顔の絵は、顔面の半分が切開図、もう半分がドートリッヒに生き写しの図というように分割されていたのである。漠として予期されているドートリッヒがレクター家の狩猟ロッジの廃墟へおびき寄せられるようにハンニバルを追跡する、というふうにしてズーム・アップしたドートリッヒは、あの、顔面を二分割していた図が収斂して、しかも真がかって迫って、その畸形化は何か明快でハンニバルはうれしくなるのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home