Friday, September 25, 2020

碧空1872 nautilus215(魘されるように響いて来る)

1872 nautilus215(魘されるように響いて来る)  猿が腰掛けるのを誰かが見たのだろうにもう今では猿は腰掛けに来なくなったのか、誰も見ていない間ならそれは起こるのか、樹幹から突き出た胡孫眼がそれ以上の存在の接近にふくれ上がって響いて来るとすれば、それは、何かが喉元まで上り詰めて来ているのに漠として何ヲシヨウカというような焦燥を形式として夢のように表出した解であると同時に、そうした焦燥を意味とする問なのである。同じようにして、この猿の腰掛の記憶が不意に夢のように襲って来るとすれば、その唐突な想起は宙返りして問い掛けているのであって、オサルシナイ地方がふくれ上がって満州に地続いていたように記憶の奥地に地続いているこの、魘された大気は焦燥なのである。  同じようにして、大いなる赤き竜の尾が巻きついた陽をまとう女も、チェコスロヴァキアとポーランドの国境で起こる一角獣と貴婦人も、兎唇のマリアも、魘されるように響いて来るとすれば、その形式であると同時に意味であるものは、聖痕と凌辱の交配であるが、変異がある。マリアに現われた聖痕は凌辱そのものであるが、聖痕が現われた一角獣や赤き竜の凌辱は能所が解離しているために、聖痕と凌辱の交配が雌雄異体の気配に見えてしまうのである。もう一つの変異、龍に騎る観音では、凌辱の能所は反転しているかに見える。

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