Sunday, September 27, 2020

碧空1874 nautilus217(告白がだまされている!)

1874 nautilus217(告白がだまされている!)  「私」というものの遠近法、しかしそれにしても、「私」が遠近法を確保するのだろうか、遠近法が「私」を確保するのだろうか。この問い掛けはすでにして、確保の能所の解離が脅かされている。それは、世界の広がりの凍結であり、雌雄異体の気配の収縮であり、範疇の麻痺である。世界の終わりの異常接近は、「私」が こころ細く、遠近法そのものが疑わしく、「私」というものが疑わしくなるような暗示である。  遠近法に包まれた星辰の回転運動を疑っても大地の回転運動も遠近法に包まれていて、こうした遠近法の拡大、望遠鏡をのぞき返されるような反転が、大航海時代的な「私」の拡張を暗示する。世界はだまされるが、気がつかない。遠近法の、次の飛躍までは耐えるのである。  ところで、暗示するとは、解が問に反転して漠として意味を仄めかすのである。この問すなわち暗示は、この意味の夢のような変装である。J.J.Rousseauを包囲して迫る追跡や陰謀の気配は、そうした夢のような変装であるから、告白がだまされている!のであるが、頭上に迫る低空飛行の異常接近に魘される「或る阿呆の一生」のように気がつかない。

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