Wednesday, September 30, 2020

碧空1877 nautilus220(魔の安息日)

1877 nautilus220(魔の安息日)  スーパー・ボールの日に狙いを定めたファシルのテロ計画を遠近法に包んでカバコフ少佐があぶり出せるのは、Hannibal風に言えば、ファシルとカバコフが瓜二つだからで、後れて来る主体ののぞき穴からカバコフは奇っ怪な野獣とか悍ましいガラガラ蛇を見て気味悪がるが、それは、カバコフがガラガラ蛇になってしまいそうだとは思わない否定の覚醒である。  しかしカバコフは、マイケル・ランダーのように単にベトナムからの帰還兵であるというだけでなく、捕虜仲間の目には海底に化ける蛸のようにぐにゃりとした虚偽と決めつけられなんでもなくなっていやおうなくぐにゃりと変身に追い込まれた聖痕の俘虜ではないから、木星の月から見た、月の全天に懸かる木星の如く飛行船が突如スタジアムの全天を覆って臨在するテロ計画は土壇場まで見透せない。  一体「Black Sunday」(Thomas Harris )の大団円は、誰が生き残ることなのか。誰が生き残っても、この黒い安息日はぐにゃりとして区別がおかされていて、出口へ殺到した観衆の動きと叫喚も、乾燥の危機に際して四方から殺到、凝集して一体の生きもののようにのたうって移動するアメーバの如くなのである。  この魔の安息日は、そうなりたいがそうなるわけにはいかない英雄として高地へ攀じ登るファシルやカバコフやランダーを裁いて追放する人々の、低地を這う人々のカタルシスとは懸け離れていて、ミシシッピのもの凄い水の移動さえ冥府の河の如くぐにゃりとして偽りじみている。

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