碧空1894 nautilus237(「私」の衰弱)
1894 nautilus237(「私」の衰弱)
ヤーウェには、極端に私的にしか触れない。それは我の肥大ではなく、無差別になるまでの「私」の衰弱である。復活の如き秘密は「私」の秘密ではなく、告白しようもない。復活はあるか、と問い掛ける公開の試みも、仏法何処ヨリ来タルとはるか天竺を尋ねる如くに、後れて来る主体の遠近法は座礁する。
I am the life and the resurrection. 「私」そのものが復活である。生命が「私」を償うようにコピーし、復活が生命を償うようにコピーする間に異常伝達に被曝する。すなわち、いきなり贖罪!である。
I am the life and the resurrection.この告白は増上慢なのではなく、「私」すなわち自由、孤独、思考の衰弱である。


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