Sunday, October 25, 2020

碧空1902 nautilus245(疑うが半ば分かっている)

1902 nautilus245(疑うが半ば分かっている)  「雁」(鴎外)は、その15章が辿る高利貸末造がお玉を囲うに至った経歴と、その後の悶着の経過とを(「月と雁」の、その皓々とした月を背景にして雁が飛ぶ如く)背景にして、残りの9章をかけて思いがけない景色がズーム・アップして迫る構図である。  それは、虚像を実体の如く浮かび上がらせる遠近法ではなく、思いがけない景色を見てどこかへ流される異常伝達であって、遍在する月の窃視は高所にあるのではなく、無縁坂の片隅に低く息をひそめているのに猛禽類の目の如く、人の姿をして驚いたように位置が掴めないのは後れて来る「私」ではなく、種の夢である。それは、コノ世ハ何ダロウと疑うが半ば分かっている。  一体、鯖の味噌煮を拒食することから不忍池の雁を捕食することへ償うようにコピーする空腹は、蛇体の侵入の空想を器官変換的に償うようにコピーするのであることが半ば分かっている。金瓶梅の金蓮の、その、纏足が精錬した小さい足は、器官変換的に口唇を陰唇が償うようにコピーしてしゃべり出す腹話術の如く、逆におしゃべりな口唇が陰唇を償うようにコピーする逆腹話術である如く、人身御供の可惜17,8の光る女体に富が移動するために責めを負って縛られていて、それは、コノ小サイ足ハ何ダロウと疑うが半ば分かっている。  腹話術とは、発作的に償うようにコピーする告白欲であるから、疑うが半ば分かっているというように韜晦するのである。

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