Tuesday, November 03, 2020

碧空1911 nautilus254(薄明とフーガの技法)

1911 nautilus254(薄明とフーガの技法)  遠方と夜の出会う処まで連れ出されて、「私」でなくなっていく薄暗さにいきなり放り出されて、「私」の方へ戻らなければならない日の暮れ方そのものが方角を見失って、いつまでも日の暮れ方のまま立ちおどんでいる。  大小の歯車が噛み合って伝達していくのではなく、半透明の歯車はただ増殖するだけで右目を塞ぎ、左目の視界だけで日の暮れ方の薄明に耐えている。というより、この薄明をどうコピーして償っても伝達していかないのだ。この、連続する擬似贖罪の、連続する頓挫が「歯車」であるし、エジプトの空に紫の香煙が一条細く立ち上るような「或る阿呆の一生」である。  それは、伝達の祈りが噛み合って奥行や淵を深めるかに見えるや、浅瀬に上がって連れ戻されてしまうフーガの技法に矛盾しない。

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