Thursday, November 12, 2020

碧空1920 nautilus263(遠方と夜が出会うところ)

1920 nautilus263(遠方と夜が出会うところ)  遠方と夜が出会うところ、それは、空腹と雌雄異体の気配の区別が、旅愁と彷徨や春愁との区別がおかされる境目である。それはまた、平均性を正気や尋常と呼び、遠方と夜が解離する日常性と解離しない擬態疲労や落下との間の振動でもある。  人間の地上と「河童」の地下の間の往来は、この、解離することと解離しないことの間の振動に対応しているのではない。人間の地上と河童の地下は生きる実験と作法は逆転的、対蹠的ではあっても、その日常はどちらも遠方と夜の解離が支持するのである。  この二つの境域は、顕世と幽世にも対応していない。どちらの境域の心霊写真も幽世の心霊が霊的でないことを拙くもさらけ出すようなものであるが、河童の幽世からは「自活」を以て顕世に移住できる。しかし、この「自活」は単に霊的次元からこの世のものの具体の次元に舞い戻ることであるから、舞い戻るのは平均値としての「私」であって、問としての「私」が解としての「私」に何事もなかったかのようにまた「私」が始まるというように次元跳躍するのではない。  つまり、「河童」は、「或る阿呆の一生」の増殖して足掻く歯車のようには、遠方と夜の出会うところに迫らないのである。

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