碧空1933 nautilus275(器官の延長に過ぎないことの猛威を躱そうとするが、つかまる)
1933 nautilus275(器官の延長に過ぎないことの猛威を躱そうとするが、つかまる)
Oedipus の父がOedipus に取って代わられるのを恐れたのは、統治する王の座に関してではなく、同じ女性との対い形成に関してである。それはOedipus の父がやりそうな邪淫であるが、腹話術で白状して、鏡像をのぞき込むように恐れたのである。
作品(performance )としてのOedipus は、疫病が猖獗するとはどういうことなのか、という予期の解明であるような暗夜行路である。症状のような運命の跳梁は系統発生的に一気に変脱して、回避しようとして追いついてしまう。
夢の棟に跨がって猛威を振るう「播摩」は、山陽道播磨国へ地続いている。播磨国の土一揆的な要請は、蹶起するのに放蕩を以てする。しかし、放蕩や邪淫では転覆にはならない。子殺しを償うように(擬似贖罪的に)コピーするのは親殺しである。
しかしそもそも、子殺しはどのようにして起こったのか。Oedipus の父がOedipus に取って代わられるのを恐れ、嫉妬するようにである。同じ女性との対い形成に関して、「悪い精神の跳梁」に跨がられ、魘されるように、二つの即興的な作品ができあがる。母と(知らず、しかし半ば知って)番うOedipus 。そして、謙作の祖父が息子の嫁と交わって生まれることになる謙作。
謙作が魘されるように祖父の(謙作より20歳も年上の)妾と番おうと悶々とするが崖っ縁で踏み止まって山陽道へ誘われる症状は、「悪い精神の跳梁」が私的な良心の跳梁、偽りの無意識の跳梁に変脱するのである。つまり、器官の延長に過ぎないことの猛威を躱そうとするが、つかまるのである。


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