Friday, December 04, 2020

碧空1842 nautilus284(腹話術の装置の始動)

1842 nautilus284(腹話術の装置の始動)  大山の蓮浄院へ竹槍を持って、頬被りして押し込みをやった恐ろしい、真っ白い長髪のおやじが住職を嚇している間に、機転を利かせた小坊主が本堂の鐘を乱打した。それは火事などの非常事態を知らせる撞き方であったから、周囲の寺寺も応じて鐘を撞き出し、それが静まり返った深夜の森や谷にごんごん鳴り響き、谺した。或る僧が月の入りの頃に戸外に出ていて、森の中を真っ白な長い髪を振り乱して逃げて行く老爺の姿を遥かに見た。(「暗夜行路」志賀直哉)  この伝聞は、謙作が大山に行く「ために」起こる。山陽へ行くことが距離を怪談にした腹話術の装置の始動であったように、山陰に来ることも距離というよりは時間を隔ててdoppelgaenger を目撃されるような腹話術の装置の始動である。伝聞は制御不能の白状なのである。押し込み老人が髪を振り乱して逃げるくぐつじみた姿は、「暗夜行路」を遁走する謙作が、水干を着た霊媒から白狐を叩き出せないでいる姿の谺であるし、捕まったおやじが責め木に掛けられて海老責めの拷問にぎゅうぎゅう締め上げられわあわあいう叫喚の光景は、謙作の癇癪が直子を海老責めにするように見えて実は謙作が折檻されている景色の転写なのである。

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