碧空1863 nautilus305(一つになるために半分になる恐怖)
1863 nautilus305(一つになるために半分になる恐怖)
大衆は大発生した砂漠トビバッタのような大量の模倣で、原作というものを食い尽くす。というより、原曲や原本というものは、獰猛な演奏という演奏、複写という複写の間に出現しては逃れ去る蜃気楼に過ぎない。演奏や複写に先立つはずの原作、といった俗説は、自然、世俗、「私」といった俗説と同じようにして予定調和的である。
種の如く、予定調和的であることは、先立つかに見えて、先立つことが要請されているに留まる。つまり、それは、解に先立つことが要請されている問なのである。
それは、EROSの如くである。EROSはVenus の姦通に先立つことが要請されているが、その姦通からan Eros となって産まれるのである。この問と解の混乱が、神話的色彩や躍動、展開の基盤である。


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