Sunday, February 07, 2021

碧空1905 nautilus347(この世の片隅の振りをするこの世の浪費)

1905 nautilus347(この世の片隅の振りをするこの世の浪費)  1941年夏、その片隅からは広島南部の町並が東に、西には厳島の島影がやけに大きく見え、陸軍の輸送船が出港していく、海沿いの鉄道線路を列車が長い地響きを立てて通過していく、広島の街を武装した兵隊が宇品へ陸続と行進していく。広島を流れる川は、引き潮の時と満ち潮の時とでは川面の色合いが一変する。浅瀬にアオサギがぼんやり立ち尽くしたまま動かないが、ぼんやりであるはずがない。  戦時下の東京の雑踏を外国人が撮影している。汽車が有楽町を過ぎて行く、新聞社の電光ニュースが瞬きながら、左へ左へと、第三次近衛内閣の総辞職を告げて廻っていく。  川っぷちを淀屋橋まで歩き、地下鉄で行った動物園の、檻の中で死んだようにじっとしている蛇は不吉にも真っ白で、東條に大命降下した日の、その夜の大阪の街は防空演習で真っ暗だった。牡蛎の時期には少し早かった。  口ひげを蓄えた大柄な水兵が、帽子を一寸斜めに被って、強烈な日光と潮の輝きと厳格な規律と一途な献身を振り撒いて、銀座を闊歩する。  1942年夏、国境の駅には釜山行きの急行列車が税関検査のために長い間停車していた。時局であるのに、見送りの夫人たちの身なりは華やかで、満州安東の特権階級を振り撒いている。前日、颱風が九州から山口県を抜けていた。(「春の城」阿川弘之)  世相の奇妙な奥行は、これから起こるはずの世界がとっくに始まっていて、過冷却状態の現在に取り憑かれた幽霊船のようにこの世を占めないが、この世を占める如く出現するのである。

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