Tuesday, February 09, 2021

碧空1907 nautilus349(偶然の片隅が現実になるために)

1907 nautilus349(偶然の片隅が現実になるために)  世相の奇妙な奥行は、過冷却状態の現在にあからさまに包まれたJesus Christ、Doppelgaenger 、Phantom Shipのように何度ものぞきに戻らないではいない。それは、世俗をUFO が擦過するためにアダムスキー型やシガー型の影を写すようなものである。  中国筋の港々へ寄って宇品まで行く船は漸く下関を離れた。干珠、満珠という小島は潮に削られて赤土の肌を見せ、潮に乗って漁船が暮色の岸へ帰っていく。大竹の海兵団へ入団する少年たちがデッキに出て歌を唱っていた。  その頃、天王寺動物園で一緒に白い蛇を見た伊吹智恵子は女子徴用で陸軍の被服支廠に通い出し、石川は徴兵検査で網膜剥離などと詐わって兵役を免れていたが、秋風立つ満州安東から、釜山、下関、夏の黄金色の瀬戸内を経て一気に東京へ移動する小畑耕二は知らなかった。(nautilus347)  広島への途次、また同じ有楽町の電光ニュースが、左へ左へと廻って「帝国海軍潜水艦ハ大西洋ニ進出シ」の文字を繰り出していた。  海兵団に入った小畑耕二が船上で強烈な日光と輝く潮と厳格な規律と一途な献身に身を励起している、そのたった三日前の夜、町はもう眠っていたが木犀が匂い立ち、智恵子を抱き上げずにはいられずに歩いていた鉄道の土手で躓いてもろともに倒れ、通過していく貨物列車の火夫が石炭をくべるたびに真っ赤な火が闇に射して智恵子の姿を照らし出した。  500 名の予備学生を乗せた灰色のアルゼンチナ丸が沖縄本島を右舷に見て之字を描いてジグザグに南下している頃、伊吹智恵子は防人の妻のように待ツノダと覚悟して被服の納品の計算をしていたし、東京桜田門から虎ノ門に通じる電車通りの南側には明治の匂いのする赤煉瓦の建物が二つ、その一つが海軍省で、道を一つ隔てた「海軍省第五分室」は通信傍受と暗号解読が特務であったが、ここに一年後、大海原に出たはずの小畑耕二が少尉の軍服を着て通っていた。  このようにして「春の城」の叙述は、同ジ場所デ、時を隔てて(空虚を厚くして)起こることや、丁度ソノ頃、壁や山岳を隔てて(場所の場所が浮上して)起こっていることを何度ものぞきに戻らないではいない。或る偶然の片隅が現実になるために、種の片隅という片隅が打ち消される。それは、或る偶然の片隅の、壁に写る、見てはならない影であって、壁を隔てたようにのぞくもう一つの片隅なのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home