碧空1917 nautilus359(世界ノ終ワリニ出タヨウナ静寂、あるいは馬鹿馬鹿しさ)
1917 nautilus359(世界ノ終ワリニ出タヨウナ静寂、あるいは馬鹿馬鹿しさ)
丁度その頃、東京で小畑少尉は何をしているのか。(nautilus358)
6月19日午後1時頃、飛鷹の乗組みとなっていた伊吹軍医大尉は、水平線近く燃えている艦影と遠雷のような爆発音を聞いたが、20日飛鷹も爆弾と魚雷を食らい、傾いた母艦から次々と乗組員が海へ飛び込んだ。伊吹大尉は泳いでいるうちに次第に感覚が麻痺し、重油の波を呑んでしまう、母艦は殆ど垂直になって沈もうとし、暗くなって来た波の間々に「軍艦飛鷹万歳」の声が上がる、誰からともなく始まった軍艦行進曲が次第に斉唱の輪になっていく。
伊吹大尉を救出したのは駆逐艦浜風が降ろした内火艇で、軽快なエンジン音が近づいて来て、長く伸びて飛んで来るロープ、呼び交わす人声がするが、口からは重油の混じった海水があふれ出る、誰かにロープで身体を何度も叩かれる、カルピスを飲んだ、胃の中の海水と重油が吐き出された、体を拭いてよく乾いた木綿の服に包まれ、ほかほか暖かくなって、「馬鹿に」幸福な気持ちが涌いて来る。
沈没艦の生存者を乗せて瀬戸内海に入った巡洋艦利根は、柱島泊地に仮泊した。つゆの雨がしとしと降り続き、(軍艦行進曲ではなく)ちりめん波を拡げた内海の景色は、「馬鹿馬鹿しいくらい」静かだった。
蛆や肉片や藻屑のように名もなく安く取るに足らない零!がズーム・アップして「馬鹿に」幸福な気持ちになれもするが、それは、程度の取り消された絶対の幸福!ではない。一方、この(世界ノ終ワリニ出タヨウナ)内海を覆うつゆの雨の静けさは、「馬鹿馬鹿しいくらい」何デモナイ!(霊!)がズーム・アップするのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home