碧空1922 nautilus364(思し召しと言いたくもなる!ユーモア)
1922 nautilus364(思し召しと言いたくもなる!ユーモア)
功名心や虚栄、あるいは偽善は、或る偶然の片隅を生きるよう大いに駆り立てる力であるかに見える。果たして、そうなのか。
小畑中尉がもやもやと馬上の人である間に、成都のB29群の漢口爆撃が刻々と迫っていた。傍受した暗号文の、小畑中尉の辛苦の末の解読がもし正しいとすれば、B29は来るはずである。しかし、解読が間違っていることを祈るどころか、来襲を願っている小畑が(打ち消されていたオバタが)姿を現わすのである。
解読通り、B29は来襲した。機体数まで的中していて雀躍と嬉しくなる。死刑執行猶予の取り消しが、特攻ではないにしても、B29となって終に姿を現わしたのかも知れないというのに、うれしくなるのである。
それは、千島へ回された谷井が生雲丹やらタラバ蟹やらに舌鼓を打ち、北海道生まれの三十女の純情となって思し召しが姿を現わしている間のことで、谷井が漢口の小畑の部屋をのぞき込めば、壁に写る小躍リスルオバタを見てしまったはずだが、それとても、思し召しと言いたくもなる!(最後の晩餐にユダが姿を現わすような)ユーモアなのである。


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