Wednesday, March 03, 2021

碧空1927 nautilus369(霊的に拡大する片隅の、ピンぼけの光景)

1927 nautilus369(霊的に拡大する片隅の、ピンぼけの光景)  丁度その頃、漢口で小畑耕二は何をしているのか。(nautilus363)  その4日後、漢口の蛙の鳴くのを聞く。広島は漢口から1,800 ㎞離れていて、4日前の8時15分のキノコ雲は遠いというだけで見えない。それは、別天地の法則に支配された妖雲であるから、視力が千層倍になっても見えるようにはならない。それは、キノコ雲も広島も、霊的だからである。場所や疾しさが潜伏していない。距離は、人面瘡が良心の隠語となって不随意に白状し出す怪談も同然で、蜃気楼である。場所や疾しさは、浮上するや場所や疾しさではなくなる。  丁度その頃、相生町護国神社前、紙屋町の交叉点、八丁堀の交叉点を矢代先生は通りかかる。角に福屋百貨店がある、さらに四つ先の停留所の近くに三和銀行がある。突然薙ぎ倒され、もの凄い力で蝿や蚊のようにいきなり叩き潰され、浅瀬にじっと立って動かないアオサギも吹き飛ばされ、ふしぎにも耕二の実家の六畳間の鏡台は立っている、中風の老父は縁側で糞便を出そうとしていて庭に転げ落ちる、一瞬でむごたらしい廃墟に変貌するほどに一体何が怒ったのか、饒津神社の下を矢代先生が急ぐ頃、対岸の河原に避難した耕二の老父と老母は焦点を失っている。  何か偶然に見えていた真に迫る片隅が、何でもない種の光景になって霊的に拡大する。

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