碧空1933 nautilus375(償うようにコピーする何かの間違い)
1933 nautilus375(償うようにコピーする何かの間違い)
木材を彫るときにデューラーの設計図は(原画は)破壊される。それが印刷されるときには原版が破壊される。それが鑑賞されるときには複製が破壊される。しかし、この破壊(償うようなコピー)は消滅を惹起するのではなく、原画や原版や複製がコピーの能所を入れ替えて場所や目的や疾しさとなって潜伏して、何か間違いの連鎖なのである。
「私」が入れ替わって何かの間違いと感じられるplotの連鎖も、償うようにコピーする、その能所が入れ替わるのである。昭和9年ロンドンでの日米英間の軍縮予備交渉に臨んだ山本五十六は、長岡藩と官軍との間の談判に臨んだ河井継之助を設計図とするコピーであるが、「私」が入れ替わって何かの間違いと感じられる。運命ノ暗示がかかるのである。昭和10年2月12日、東京地方は淡雪で、シベリア鉄道に乗り、朝鮮を経て、東京駅に降り立った山本五十六の頭と出迎えた東京市民の人垣に雪が降りかかっていたのも、公的な景色であるはずなのに極端に私的な片隅であるのは、何かの間違いだからである。


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