Wednesday, March 10, 2021

碧空1935 nautilus377(強迫的惑溺)

1935 nautilus377(強迫的惑溺)  何か間違っている気配は運命ノ暗示がかかるのであるから、時として追跡や陰謀の気配が覆いかける。記憶喪失や麻酔から醒めたかのように「私」が入れ替わって、輪郭を喪失するようで励起する。目は「私」を脅かすが、「私」を呼び出す声でもある。呼び出して「私」を励起するが、その「私」は何か疑わしい。この、輪郭喪失と輪郭励起を、賭け事の目の戦慄はコピーしていて、山本五十六は強迫的に(従って、不随意に)惑溺するのである。(nautilus376)  山本五十六が或る芸妓に惑溺するのも、何か間違っている気配が芸妓の姿となって突然現われたからであって、見染めて(記憶喪失や麻酔から醒めたかのように「私」が入れ替わって)逆せ上がって、その(タイム・スリップしたような、まるで生まれ変わったとでもいうような)衝撃を何度ものぞきに戻らずにはいない。これは、丁か半か選ぶ目の戦慄である。選択しても選択しても選択シタコトニナラナイ!

0 Comments:

Post a Comment

<< Home