Tuesday, April 06, 2021

碧空1862 nautilus403(鬱然とした彫像の含蓄の漏洩)

1862 nautilus403(鬱然とした彫像の含蓄の漏洩)  1 フリーデリーケとの別離の小径で、馬上のゲーテは、もう一人のゲーテがそれまで着たことのない金色がかった灰青色の衣服を纏って同じ道を馬に乗ってゲーテの方へ向かって来るのを見る。  2 マンハイムの古代美術館の、陳列室に薄気味悪く犇めく彫像群を擦り抜けるように、押し分けるようにしてゲーテは進む。  この二つの霊的興奮の「表現」は、励起した問が解になって(この世のものとなって)興味を掻き立てるのである。つまり、涌き立つ興奮は、興味を掻き立てるはずのものとなって次元跳躍するのである。この、興味を掻き立てるはずのものの方角はこの世であるが、それは過去や現在であっても未来的である。  この未来的とは、興味を掻き立てるものの所在が過冷却状態の現在であるということの漏洩、半ば驚くような予感である。とっくに過ぎ去っているはずなのに過ぎ去らない現在の含蓄は、家郷を離れると時計がひどく遅れるというように未来的で、押し分けても掻き分けても息苦しいまでに纏いついて来るスロー・モーションを躱せない。その劇的変態が、ゲーテ2の含蓄、鬱然とした彫像の、その妊娠状態であるが、一歩も進まなくなるのは世界が終わっているからである。  しかしそれは、枯渇というようなものではなく、doppelgaenger のようにいつまでも途中までしかやって来ないのである。世界の終わりほど興味を掻き立てる興奮も絶景もなく、その場所は目的との区別をおかされ、その焦燥は疾しさと区別がつかない。

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