Wednesday, April 28, 2021

碧空1884 nautilus425(本当にあるかのようになる「私」)

1884 nautilus425(本当にあるかのようになる「私」)  なぜ彷徨するのか。権威づけるものの到来が後れているからである。  「私」が本当にあるかのようになるために、過ぎ去る儀式、しかし、「私」が「私」を過ぎ越す、そんなことがあるものだろうか。  彷徨とは、後れて来るはずの「私」が途中までしかやって来ない異常接近、満たされない憧憬と焦燥であるが、この悩みと遭遇の踊り場に「私」は変装して登場しないではいない。そうして「私」は、本当にあるかのようになるのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home