碧空1884 nautilus425(本当にあるかのようになる「私」)
1884 nautilus425(本当にあるかのようになる「私」)
なぜ彷徨するのか。権威づけるものの到来が後れているからである。
「私」が本当にあるかのようになるために、過ぎ去る儀式、しかし、「私」が「私」を過ぎ越す、そんなことがあるものだろうか。
彷徨とは、後れて来るはずの「私」が途中までしかやって来ない異常接近、満たされない憧憬と焦燥であるが、この悩みと遭遇の踊り場に「私」は変装して登場しないではいない。そうして「私」は、本当にあるかのようになるのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home